遥かなるわがヨークシャー (Faraway My Yorkshire)

旅に出かける前に――ヨークシャー概観


 ヨークシャーへの旅に出かける前に、まずこの地方のことについて簡単にふれておきたい。
 イギリスのイングランドの北東部に位置するヨークシャーは現在、行政上はノース・ヨークシャー、ウェスト・ヨークシャー、サウス・ヨークシャー、そしてハンバーサイドの四つの州に分かれている。しかし1974年までは、多少の境界線のちがいはあるが、全体で一つの州をなし、イングランドで最大の州であった。そしてそれまでは、イースト・ライディング、ノース・ライディング、ウェスト・ライディングという呼び方で三つの地域に分けられていた。
 この「ライディング(riding)」という言葉は、9世紀にイギリスに侵入してきたヴァイキングが使った古代スカンディナヴィア語であり、「三つのうちの一つ」を意味していた。ヨークシャーの人たちはこの言葉に特別の思いがあるようで、年配の人たちはいまでも、ヨークシャーをライディングで地域分けした呼び方を好む。
 このライディングのほかにも、ヨークシャーにはヴァイキングが使った言葉がいくつも残っている。
 5世紀後半から9世紀前半のアングロ・サクソンの時代には、ヨークシャーはイングランド北部にあった強大なノーサンブリア王国の一部であった。
 それ以前の1世紀後半から5世紀の初めまでのローマ時代には、帝国の辺境、属州ブリタニアの最北の地の一つだった。
 さらにそれ以前のケルト時代には、ブリテン島のケルト人部族のなかで最強を誇っていたブリガンテス族の王国の一部であった。
 イギリスの地形は、スコットランドやウェールズ、イングランドの北西部の一部をのぞけば、起伏に乏しい平坦なところが多い。地形学的にみれば、山が浸食されつくした老年期の地形になる。
 ヨークシャーの西部には、南北にペナイン山脈が走っている。山脈とはいっても、日本のそれのような急峻な山がつらなる山岳地帯ではなく、なだらかな丘が延々とつづく丘陵地帯である。もっとも高いところでも、標高は750mにも満たない。
 北西部には、「デイル(dale)」と呼ばれる谷間が何本も走っていて、そこは「ザ・ヨークシャー・デイルズ」という国立公園になっている。
 おもなデイルには、南からエアデイル、ウォーフデイル、ニダーデイル、ウェンズリーデイル、スウェイルデイルがある。この「デイル」も、ヴァイキングが使っていた言葉である。
 デイルは、谷間とはいっても日本のそれのように狭くて険しいものではなく、ゆったりと広がったなだらかな谷間である。
 北東部には、「ザ・ノース・ヨーク・ムーアズ」と呼ばれる丘陵地帯があり、ここも国立公園になっている。「ムーア(moor)」とは、ヒースや背の高い芝草、シダ類などが生い茂った荒野のことである。
 ヨークシャー・デイルズとノース・ヨーク・ムーアズとのあいだは、「ザ・ヴェイル・オヴ・ヨーク(ヨーク谷)」と呼ばれている。ヴェイル(谷)といっても、ほとんど平地のようなところである。
 その南には、「ザ・プレーン・オヴ・ヨーク(ヨーク平地)」が広がっている。そしてその東側は、「ザ・ウォルズ」という、わずかに起伏のある丘陵地帯になっている。
 ペナイン山中のいくつものデイルから流れでた川は、ヨーク平地で合流し、ハンバー川となって北海にそそぐ。
 おもな都市には、中央からすこし南西寄りに政治・経済・文化の中心地リーズが、その北東に歴史の町ヨークがある。そして南部には鉄鋼の町シェフィールドが、東部のハンバー川のほとりには一大貿易港をもつ港湾都市キングストン・アポン・ハル(通称ハル)がある。


*ヴァイキング(the Viking)  8世紀末から11世紀中頃までヨーロッパ各地に侵入しては掠奪行為を働いた、北欧出身の海賊の総称。イギリスには8世紀末頃から現れ、9世紀中頃からは集団で侵入し、定住するようになった。現在のデンマークを出身地として北海を渡ってきたデ―ン人(the Dane)とノルウェーを出身地としてブリテン島北部やアイルランド、マン島を経由して侵入してきたノース人(the Norse, the Norseman)の2系統に分けられる。彼らは各地で死闘をくりかえし、一時はイングランドの半分以上を実効支配したこともあった。1016年にはデンマークのカヌートがデ―ン王朝を樹立してイングランド全土を支配した。この王朝は、1042年までつづいた。

*ヒース(heath)  ヒバやスギの葉のような細かい葉をもち、背丈が数十cmに株立ちする常緑針葉樹。ヘザー (heather)、ベル・ヘザー(bell heather)、クロスリーヴド・ヒース(cross-leaved heath)の3種類がある。ヘザーは直径が2〜3mmで淡桃色の小さな花を穂状に咲かせる。ほかの2種は4〜5mmで濃桃色の釣鐘形の花を、ベル・ヘザーは穂状に、クロスリーヴド・ヒースは枝の先端に房状に咲かせる。単にヘザーと総称されることが多い。ごくまれに、白い花を咲かせるものがある。 <これらヒースの水彩画を、ホワースのところに掲載します。>


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